幸福こうふくに生きぬく糧

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4月法話「家族に見守られて」

世界中に蔓延したコロナ禍も、わが国ではやっと沈静する気配です。
 「別れは人の世の常」といいますが、愛しい人との別れは格別に寂しく悲しいものです。特に一生の別れともなるとことさらです。

 平成二十一年に映画「おくりびと」がアカデミー賞に輝きました。その内容は、私たち僧侶にとって考えさせられる多くの問題を示唆してくれました。二、三十年前までは、家族の誰かが亡くなった時には、家族の人びとや僧侶によって丁重に臨終の作法が行われました。

 故人の身体が次第に冷たくなっていく過程の中で、死と言うものを時間とともに家族は受け止めようとしたのです。また、お通夜には、家族あるいは近親者が灯明や線香を切らさない心遣いをしましたし、最後の夜を共に過ごして故人との別れを惜しんだものでした。しかし、現代社会はあわただしくなり自宅でお通夜をすることが少なくなってきました。

 仏教では、人が死んでから四十九日間を中陰(ちゅういん)あるいは中有(ちゅうう)といいます。それは死者があの世へ旅立つ準備期間であり、家族が故人に対する追慕や故人を通して生死について考える期間でもあったのです。

 古老たちからは「畳の上で死にたい」とか「家からあの世へ旅立ちたい」とよく聞かされました。しかし、核家族化が進んだ現代社会では、それも不可能となりました。だから、家族に代わり「納棺師」や「葬儀社」がその代役となり、さらには老人ホームや病院から直接火葬場へのケースも多くなりました。

 私たちは得難き生命を得て人間として生まれたのですから、自分の生命の継承者である子どもや孫たちに見守られ、あの世へ旅立ちたいものです。